ヤノベケンジが福島へ寄贈したサンチャイルド(防護服の子ども像)撤去へ

近大芸術家のヤノベケンジが制作して、寄贈したサンチャイルド(防護服の子供の象)が撤去されることになりました。

福島市民、県民からの評判が良くなかったそうです。

ヤノベケンジと福島の接点

2010年、ヤノベケンジが福島県立美術館の展覧会に参加しました。

その後、2011年3月に東日本大震災が怒ります。

震災後、福島県立美術館の展覧会で知り合たメンバーと連絡を取るようになり、交流を持つようになりました。

サンチャイルド制作理由について

ヤノベケンジは「放射能」をモチーフにする作品を手掛けていました。

1991年、美浜原子力事故がきっかけで「放射能」をモチーフにする作品作成しました。

1997年、原発事故後のチェルノブイリをスーツを着て訪問します。

そのスーツを着ることが現地民を傷つけたと反省していました。

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サンチャイルドに込められた想い

ヤノベケンジがサンチャイルドに込めた想いをまとめました。

  • 大気がキレイになったことを示すためヘルメット脱帽
  • 右胸のカウンターは安全を示す0を表現
  • 原子力災害がない世界の象徴
  • 右手の太陽は未来への希望
  • 「防護服」ではなく宇宙服のような未来的なイメージ。

一見、防護服に見えてる銅像でしたので、撤去すればよいと感じていました。

ヤノベケンジの作品への思いは、「復興への願い」が詰まっているのが分かります。

この説明を知っている人がいれば、撤去にはならなかったようにも思いますが、そこで生活してないと分からないデリケートな部分なのかもしれません。

サンシスターもいる

サンシスターという少し未来の再生を遂げた世界の少女の象も作成しています。

サンシスターはフローラをという花の女神に生まれ変わり展示しました。

兵庫県立美術館前に設置していました。

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ネットの声

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まとめ

サンチャイルドがあるだけで、いやな思い出が出てくるのは辛いことかもしれません。

福島のためにも撤去することで、新しい風が舞い込んでくるかもしれません。

これからも気にかけたい部分ではあります。

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