石崎朔子副会長のプロフィールや出身高校と大学は?新体操の黎明期を支える功績がスゴイ!

「日本体操協会」や「日本新体操連盟」の副会長を務めている

石崎朔子副会長について調査しました。

調べれば、調べるほど、すごい人物だというのが分かります。

それでは、どうぞ!

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石崎朔子の経歴は?

名前:石崎朔子(いしざき いくこ)
旧姓:石郷岡
年齢:71歳
生年月日:1947年9月23日
出身地:青森県
現在地:東京都調布市

<経歴>
1970年3月 日本女子体育大学 卒業
1970年4月 日本女子体育大学の助手勤務。
2007年3月 昭和女子大学の大学院 卒業
2013年3月 日本女子体育大学教授を退職。
2013年4月 日本女子体育大学の特任講師。(日本体操協会副会長に就任
2014年4月 日本女子体育大学の学長就任。

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現在の職業は、日本女子体育大学の学長です。

経歴を調べていたのですが、色んな観点で新体操に尽力されていることが分かります。

日本女子体育大学へ43年勤務して退職してから、2014年には学長に就任しています。

2013年に開かれた「石崎朔子先生を囲む会」では教え子が100人も集まったようで、人望が厚い人物であることが分かります。

囲む会の挨拶では、石崎先生の言葉に詰まるほど涙を流されるほど、新体操への思いを語ったと言われています。

石崎朔子の出身高校・大学は?

高校は青森市立中央女子高校を卒業しています。(現在の青森県立青森中央高等学校です)

その後、日本女子体育大学へ進学しています。

大学生時代には全日本選手権で個人5位の成績を残しています。

大学卒業と同時に、選手活動は現役引退しました。

2007年には昭和女子大学の大学院を卒業しています。

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石崎朔子の家族は?

具体的な情報はありませんでした。

旧姓が石郷岡ですので、ご結婚はしているようですね。

講演会の際に家族のしたとありますので、お子様もいると推察しています。

新体操の黎明期を支える功績がスゴイ!

1973年11月に開催されたオランダ・ロッテルダムの世界選手権には、教え子である「丸物幸子」が初めて出場しました。

その当時は「教え子を送り出そうと自分の青春を懸けた」と話しています。

その際、選手の弁当も作って競技に専念できる環境を整えて、1人を世界の舞台に押し上げました。

大学卒業で引退した選手を自分と重ねて、「自分が世界に行けなかった思いを晴らす感じでしたね」と振り返っています。

また、新体操に関する本を10冊以上もリリースしています。1番古いものでは1988年です。

新体操の指導、サポート、新体操の普及と、すべてに尽力しており、新体操の黎明期を支えたことが分かります!ほんと凄いです!

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石崎朔子の社会活動

「日本体操協会」や「日本新体操連盟」の副会長を務めています。

<社会活動>
日本体操協会 副会長
日本新体操連盟 副会長
国際体操連盟 審判員

<所属学会>
日本体力医学会
日本体育学会
日本臨床スポーツ医学会
日本栄養改善学会

他にも三鷹市スポーツ振興審議会副会長を務めたりもしています。

また、評価の難しい採点競技である新体操で公正な審判を行っているので、国際体操連盟から最優秀審判員賞を受賞しています。

まとめ

ここまでをまとめます。

  • 日本女子体育大学の学長
  • 日本体操協会の副会長
  • 日本新体操連盟の副会長
  • 選手時代は日本選手権で5位。
  • 大学卒業と同時に選手引退。
  • 日本女子大学で指導
  • 日本女子大学の教授になる

→ 二木英徳会長(日本体操協会)の経歴や家族は?五輪報奨金にポケットマネー!

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